9 (後篇)
今年の十月は週末終わりで、
続く 十一月は 最初の祝日も絡むため、
人にもよるが3連休から始まることとなり。
そんなせいか、
「ハロウィンまつわりのあれこれって、
前倒しにする必要がなかったんじゃないのかな。」
前週にあたる土曜日曜に、
まだ1週間もあるというに“前倒し”と銘打って、
ハロウィンにちなんだ仮装パレードやカーニバル風のお祭りが
日本の各地でもにぎにぎしく催されておりましたが。
当日本番が
火曜や水曜なんてなど真ん中のウィークデイならまだしも、
特に問題はなかろう金曜の晩。
しかもそのまま
土曜・日曜・祭日という3連休へなだれ込む日取りなのにねと、
イエスがカレンダーを見つつ、ひょこりと小首を傾げておいでで。
何とも素朴な感慨を 素直に口にする彼へ、
「まあ…盆踊りもお盆当日にあるとは限らないし。」
こちらは、大人の事情だ何だを背景に感じつつ、
同時に、それをいちいち持ち出すのも何だと思ってのことだろう、
いろいろを含んだ混沌そのままに
“困ったねぇ”という苦笑混じりなお顔で
ブッダがそんな風に応じてくれて。
今時の生活習慣は
そうそう“昔からの習わし優先”てなワケにも行かぬ。
ましてや、日本人には縁もゆかりもない西洋の風習だ。
キリスト教の行事だろうと思ってるお人も
少なくはないくらいだから 推して知るべしで。
「何も 正確に祀りたい人しか関わってはいけないことでなし。」
あやかりで良いから楽しみたいって気持ちが逸ってのこと、
パーティーやカーニバルを
そうまで早めに開催してしまったんじゃないのかなぁと
無難な説明を紡いで差し上げたれば。
「そっか。」
何へ想いが至ったか、
イエスの表情が ぱあっという閃きからの明るさを帯びる。
「それって、クリスマスセールみたいなノリ?」
「う、うん、そんなものかも。」
喩えとしては絶妙に的を射ているものの、
“クリスマスは自分の誕生日だと、
確か気がついてたイエスだったはずだけど。”
なのに そんな喩えに持ち出すとは、
“もしかして また忘れちゃったとか?”
いやいやいや、
ああまで世界中で祝われてる代物だし、
ましてや、
気がついた途端に“なのに日本では…”という実情へ
結構ショッキングな想いも
していたご本人なようなのに。(原作参照…)
いくら天然、もとえ朗らかなイエスでも それはなかろうと、
え?と意外に思ったのへ素早く相殺出来たほど、
何とか思い直せたブッダ様だったのは此処だけの話。
そんな会話になっているものの、
十月のカレンダーをめくってしまうのは
まだまだ ちっと早くって。(すいません…)
特に予定もないまま、
そんな会話を交わしつつ、のほほんと松田ハイツにいた二人の元へ、
泣きつくようなメールが届けられたのは、
新しいレシピを渡して、ほんの数日後のことで。
きっと 受け取ったそのまま
すぐにも再挑戦してみた彼女らだったに違いなく。
“文字通り、天から降りて来た希望の糸だったろうに。”
溺れる者はワラをも掴むとか言わないでね、イエス様。(こらこら)
それでもやっぱり完全再現には至らなかったらしく、
「…そっかぁ、それは困ったねぇ。」
日もギリギリというところまで迫っているというに、
何度 挑戦してみても、
あの日の それは美味しかったケーキには近づけないとのことで、
【 教えてくださった同じ機種のオーブン
自宅に持ってる子がいたので、それで試してもダメで。】
【 家政科の調理部の子たちが、
それは器用だからって応援に来てもらったんですが、
でもでもどうしてだか、
あのしっとりふわんな仕上がりにはならなくて。】
教わったレシピを疑う訳じゃあないけれど、
いっそのことと他のレシピを試してみたものの、
それだともっともっと遠いものにしかならずだったそうで。
【 草稿(そうこう)してたら、もう日が迫っててっ!】
ややもすると誤字も垣間見えるほどなのへ、
卓袱台の上へ置かれたイエスのスマホ、
覗き込んでたブッダもまた
彼女らの困りっぷりは しみじみと判るようで。
とはいえ、
「ウチで練習してみて、それで上手にこなせたところで…。」
器具やら何やらの勝手が違えば、
学校なり自宅なりで用意するのだろ本番用は
やっぱりうまく行かないかも知れないよね、と。
そういう懸念もまた先読み出来てしまうらしいブッダの言いようを、
「えっとぉ…。」
さっそくスマホへ
新しいメールとして打ち込みかかったイエスだったが、
「イエス、どうかしたの?」
えっと、だから…と文面を打ちかかり、
その指が止まったのは、決して言い回しに困ったからではなくて。
「だあもうっ、そんな遠くない相手なのに面倒なっ 」
だっていうのに いちいちメールを打っていては埒が明かないと、
今になって気がつく辺りが呑気なもの。
ぐりんとブッダの側を向き、それは真摯な顔をして見せて、
「お天気も良いことだから、公園で待ち合わせよう。」
「え? あ・うん。」
速攻でその旨を打ち込み、
さあさあ出掛けようと、ブッダの腕を取って立ち上がる。
「あ、ちゃんと上着着ないと、イエス、」
「…そうでした。」
気が逸るのは判るけれどと、
きっちり制されたところが
相変わらずの相性なお二人でございます。
◇◇
徐々に秋も深まりつつあったが、
今日は まずまずの良いお天気で。
街路樹のケヤキの赤い葉が、時折強めに吹く風に揺れている。
とはいえ、公園で待っていた制服姿のお嬢さんがたは、
あんまり良い顔色とは言えなくて。
「あ、イエスさん、ブッダさんっ!」
二人を見るなり、そちらから たかたかと駆け寄って来たのも、
それだけ時間もないし手もないということか。
胸に抱えた切迫感がありあり伝わって来て、何とも気の毒。
「あのあのっ。」
「うん。判ってる。」
窮状を告げたいらしい彼女らへ、
ブッダが尊い手をかざして まずはと制し、
「その前に、これ。」
カーディガン代わりに羽織ったパーカーの肩へ手をやり、
提げてたトートバッグの中から ごそごそと取り出したのは、
キッチン用の ファスナーつき保存用ビニールパックで。
その中に入っていたのは、
「あ、それ。」
「わー、もしかしてvv」
アルミニウムの小さめカップで焼いた、
ブッダ特製の カップケーキが数個ほど。
「あ、作り置き持って来たんだ。」
この時期なら多少は日保ちするのでと、
一度に多めに作って、小腹が空いたら食べなねと
イエスのおやつにと常備しといてくれてるブッダであり。
うん、ちょっと削っちゃったとの
“ごめんね”という苦笑をイエスへ向けてから、
「はい、まずはこれ食べてみて。」
立ったままなんてお行儀悪いかもだけど、
それでも大事なことだから、
さあさあ早くとお嬢さんたちへ勧める。
「はい。」
「いただきます。」
ペコリと一礼してから、それぞれ手に取り、
何なら一口で頬張れるサイズだったもの、
愛らしい指先で2つに割ってから ようやく ぱくりと口にする。
日常の中の自然なものとして
楚々としたお行儀を身に染ませている、
そんな子らなことを忍ばせた所作だったが、
「……あ。」
「うん…うん。」
たちまち双方共に眸を見張り、
お互いの顔を見合わせ、そのまま何度も頷き合うものだから。
そこは 何がどうという言いようがなくとも、
ブッダとイエスにまで 思うところは真っ直ぐ通じて。
《 思い出補正っていうんじゃないらしいね。》
《 うん。》
ブッダが焼いたものとの相違、
微妙な違いがちゃんと判っていて、
その上で 再現出来ていないと困っていたらしいことが
これではっきりしたワケで。
「あの…。//////」
「ブッダさん、あの…。」
彼女らだけでは どうにもならなんだ“復刻”計画。
きっと、この1カ月近くを費やして、何度も何度も挑戦しては、
そのたびに 今一つという壁に阻まれ続けていた彼女らだったのであり。
ご本人なのだから当然といや当然ながら、
それをいともたやすく
“作り置きですが”と用意出来てしまわれる存在を前にして、
すがりたくなるのは致し方なかろうて。
そんな切ない哀願の心情、
わざわざ訊かずともすんなり酌み取れるこちらではあるが、
「でも、ねえ。」
明るい陽射しに賢そうな額を照らし出されつつ、
なのに、やや表情を曇らせた如来様。
「お手伝いや指導をするのは構いませんが、
私たちがあなたがたの学校へ向かう訳にも行かないでしょう?」
イエスには先んじて言ったこと。
彼らのアパートの小さなキッチンスペースで予行演習をしたところで、
大量に焼く本番ではやはり条件が違ってしまうだろうから、
果たして通用するものかは怪しいもので。
そうかと言って、
人柄が馴染んだここいらのご近所での評はさておき、
世間的には相変わらずに素性が曖昧な人物が
いきなり学校施設へお邪魔するなんて、許可が下りるとは到底思えない。
学園祭本日に、焼いてく端から供するとは思えないから、
練習なら尚更に、部外者が入り込みにくい平日が舞台な話となるはずと。
現実的な心配を、やはり先んじて案じておられたらしい
釈迦牟尼様だったようだけれど、
あ、それなんですが。
同じように悲壮なお顔になるやと思いきや、
不意に…沈痛だった表情があっけらかんと晴れての、
意外な反応を見せるお嬢さんたちであり。
「JRの駅ビルの並びに
“○○調理教室”というキッチンスタジオがあるんですが、
そこを学園祭の前の日に借りることになっているんです。」
「…はい?」
ご心配なさらずと、やはり胸元へ手を合わせ、
祈るようなポーズのままに言いつのる彼女らで。
「日頃からも、
町内会の催しとかでレンタルされてる
小ぶりなキッチンスタジオなんですよ。」
某家電企業提供となってるせいか、
頭数で割れば 利用料金もまま良心的なそれで、
それほど大仰で豪奢な構えじゃないですってと言い添えて。
たかだか娘さんの学校行事用に
そんな大それた物を借りてしまわれるとは…なんて、
どんなセレブなんだと言わんばかり、
息を引くほど驚いたのがありあり判るこちらの二人へ。
そんなオーバーなという恐縮の苦笑を届けてから、
「学園祭での 喫茶店とか所謂“模擬店”は、
学年毎に1クラスと決まっていて。
それ以外は たとえ実行委員会の企画でも、
教室は勿論、家庭科用の調理室や食堂などなどでの
生徒による調理の許可は下りないんです。」
大人が監督しない中、火気を扱うのが危険だからで、
中庭で催される運動部競合の青空カフェを例外に、
模擬店許可を受けたところ以外の クラスや有志グループが、
携帯コンロだのオーブントースターだの
IH仕様の調理台だのを持ち込んで何か…というの
勝手に企画するのは禁止だとのこと。
「お手製と銘打ったお菓子を扱いたいなら、
前以て作ったものを用意しなさいと。」
当日学園内で作るのは許可されたグループだけ。
射的やゲームもどきの賞品にキャンディを提供するとか、
そういう格好の持ち込み同様の扱いになり、
サンプル品を学校職員の方々で組織された監視員へ提出し、
学食の日頃のそれと同じように 検品と保管をしていただくことで、
問題が起こらぬようにという安全管理をしておいで。
なので、
「私たちも“復刻カップケーキ”は
前の日に作って当日持ち込む予定でいて。」
「復刻って…。////////」
いや、そういう呼称は今更ですが。(苦笑)
なので、くどいようだが
わざわざキッチンを借りるとは、
さすがお嬢様だから…という大仰な手配ではなくて、
「自宅のキッチンでは オーブンが小さいので、
どうしても仕上がりにムラが出来てしまいますし。」
例えば、幾つかの運動部協賛という
大掛かりな青空カフェという企画もあって、
そこでお茶と一緒に出す焼き菓子は
市販のものではなく、学園名物の伝統あるクッキー。
評判が評判を呼んだ結果、
結構な量を焼かねばならなくなったとのことで
やはり同じキッチンスタジオの調理室を借り、
料理担当班がわいわいと準備するのも例年恒例なことなのだとか。
「それと同じようなものだからって、
実行委員会で借りたんです。」
手掛けるのも、イエスやブッダの知る こちらの二人だけじゃあない。
予餞会当時の実行委員会から選抜された人員であたるというから、
これはもう、結構な規模の一大プロジェクト。
なので、お嬢様たちの世間知らずな取り計らいというよりも、
こうなったらなりふり構わぬという手合い、
ぎりぎりで取った 窮余の策ならしくって。
「そっか、じゃあ舞台も良しだね。」
まま、事情は判ったし、
それならむしろ都合はいいと、ブッダも大きく頷いて見せ、
「わたし自身が手を出してのお手伝いをすると、
学園祭の出し物として抵触するものもありましょうから、」
「あ…それじゃあ。///////」
嬉しそうに笑顔を見せるお嬢さんたちへ、
こちらも はんなりとまろやか暖かな笑みを披露し。
「傍についていて手際を指導するという格好でよければ、
出向いてお教えしますよ。」
全面協力を了承したブッダ様。
晴れて協力態勢をとることとなったのへの祝福か、
空の高みで 羊の群れみたいな雲が、
縁を虹色に目映く光らせてた 秋晴れの午後だった。
《 ……でもなあ。
ブッダ特製のケーキが食べられるのって、
私だけの特権だったのになぁvv》
《 う…。////////》
イエスの はにゃんという残念そうな苦笑を前に、
それがどうかしましたかと、つれない言いようが出来るほどには、
まだまだ自信や強かさが足りてなかった釈迦牟尼様だったのは。
どうか 此処だけの内緒にしといてくださいましね…vv
お題 * 『お願いしていい?』
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*この連載の最初のほう、
確か女子高生のお嬢さんたちはまだ夏服で衣替えの前で。
文化祭は“来月”と言ってたはずなんですが…。(う〜ん)
すいません、11月最初の連休開催らしいということで。
それにしたって、
既にタイムラグが生まれているんですが、
そこはご容赦を…。
そして、私信です。Hさん、凄んごいご明察〜〜。(笑)
めーるふぉーむvv


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